世界の中心で愛を叫ぶ by 片山恭一
[UP:2006.10.13]
2004年に大ヒットした純愛ストーリーなので、覚えている人も多いと思うが、あの「セカチュー」の文庫本である。
映画がものすごく良かったので、あの透明感は文字で読むとどういう風になるのか、興味があって買ってみた。
読んでて・・・ものすごい違和感を感じた。
映画とすっごく違う。
細かいエピソードは変わんないんだけど、肝心のメインテーマが違ってる?
映画と原作、違うことは多いんだけど、こんなに大きなテーマが違っているのは珍しい。
映画は、主人公の朔太郎が恋人のアキを失って、どうやって立ち直っていくかがテーマ。
高校生時代のピュアなエピソードがすごく(自分の高校時代の経験と重なって)良かったんだけど、一番言いたかったのは、後半の「残された人はどうやってその後の人生を送るのか」ってとこだと思う。
対して、この小説は「大切な人を失うことはどういうことか」がテーマになっている。私が感動した後半部分は数ページしかないのだ。
文庫本のあとがきで、映画監督の行定さんもそのことに触れており、この数ページに感動して映画を構成したと書いてあった。
そう考えると、行定さんはすごい! あれは「セカチュー行定バージョン」だったのだ。
確かに「片山バージョン」もあの数ページはとてもいいのだけど、それを突っ込んでテーマに持ってくるセンスと構成力に脱帽。
映画を見た人はご存知かもしれないが、あの立ち直り方はリアルでものすごく説得力があるよね。
忘れることによる立ち直りではなく、その人が永遠に生きていて自分を豊かにしてくれるような・・・ものすごく自然な、そんな死への向かい方。
すごく難しいことだけど、私も大切な人をなくしたときには、こんな風に感じて生きたい。
セカチューは単なる「お涙頂戴の純愛ラブストーリー」ではなく「人間の死とそれへの向かい方」という重いテーマを扱った純文学って気がする。
だから、私の中での「忘れられない映画ランキング」の順位はとても高い。
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明治大学卒業後、27歳でヒロテックを起業。パソコン畑一筋。
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